先日、クリストファー・ノーランの新作「オデュッセイア」を観てきました。

ノーランの映画は毎回観ているのですが、今回はホメロスの叙事詩「オデュッセイア」を原作にした作品ということで、公開前からずっと楽しみにしていました。
率直な感想を言うと、
「やはりノーランだった」
という感じです。
時間軸の操作、音響、映像の圧。どれもノーランの文法で作られていて、観ている間は完全に画面に飲み込まれていました。

今回特に印象的だったのが、「帰還」というテーマをノーランがどう解釈したか、という部分です。
原作のオデュッセウスは20年かけて故郷に戻る。でも帰ってきた時には、周りの時間がどんどん流れてしまっている。
ノーランが「インターステラー」でやっていた事と構造的に同じだと思っていて。物理的な時間のズレではなく、「自分だけが止まっていて、世界が先に進んでしまう感覚」を、今作もまた別の形で描いていたように感じました。
一方で、ノーランは英雄譚をそのまま撮るつもりは最初からないんだろうなとも思いました。どちらかというと、「英雄として期待されている人間の内側」にカメラが向いている印象がありました。
絶対に破ってはいけない決まり事を破ってまで戦争に勝つという神への裏切りをしたオデュッセイアの内省。
ちょっと意外だったのが、思ったより感情的に揺さぶってくる映画だった事です。ノーランの映画は頭で観る監督というイメージがあったんですが、今回は終盤にかけてじわじわくるものがあって。

観終わった後に、原作のオデュッセイアをちゃんと読んでみたくなりました。
映画の余韻が残っているうちはずっとオデュッセウスの事を考えていました。それが今も少し続いています。
気になっている方はぜひ劇場で終わる前に見てください!!
それでは今日はこのあたりで。